悲しい目をしたマユゲ犬2.0

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機本伸司「神様のパズル」

読了。感想でもつらつらと。ネタバレは書きません。
神様のパズル (ハルキ文庫)ISBN:4758432333
えらくナンパな表紙ですが(失礼)第3回小松左京賞受賞作の文庫版。
内容を大雑把に書くと、留年寸前の落ちこぼれ学生が同大学に在学している天才少女とゼミを通して「宇宙の作り方」について立証の挑戦をする、という随分な大風呂敷を広げたストーリーなのですが、物理学という形而下なものを通して「宇宙の作り方」という真理を模索し、物理学を通して「自分とは何か?」という形而上なテーマまで掘り下げ、それと同時に天才少女の歳相応・不相応両方の苦悩を描いた、コテコテのSFなんだか青春学園小説なんだか、兎に角盛り沢山だけれどそれらが素晴らしいバランスで巧緻に構築された大変ユニークな小説だと思います。作者も理学部(現理工学部)卒業の理系らしく、物理学における専門的な描写は緻密なので、ある程度の知識がないと理解には程遠いあたりちょっと敷居が高いのかもしれません*1。しかし本質は形而上なテーマなので、読み進めるにあたり専門知識は本質的にさほど重要ではないのですが、やはり理解できていた方がSFにおける実と虚を正確に見分ける楽しみも増えるのではないかと(特に実の方)。また、専門用語はバリバリ出ますが文体は終始口語調なので、堅苦しさはさほど感じられないと思います。
読了して思うこと。それは「当たり前のことに疑問を抱かない」ことがこの世の中げに多きかな、ということです。高校時代に一応物理を学んだ人間なので実感もあるのですが、現代の物理学という学問の本質的欠陥(欠陥というより問題点?言葉をうまく選べませんが)は、「不明なものを前提として扱う」ことが非常に多いのです。「根本は不明だがそれにより説明がつく=正しい」という構図が兎に角多い。例えば、本書にも出てきますが、「光速(約30万km/s)は何故光速なのか?」という根本的な疑問。光速を前提とした物理学の法則は沢山ありますが、それに対する答えは未だ見たことがありません。ひどく根本な部分すらわかっていないのに、その上に磐石とは言い難い状態で積みあがっていくのが物理学で、従って従来の学問(概念という名の常識)が根本から覆されることは歴史上よくあります(有名どころだと相対性理論とか)。物理は、現象を紐解いて理論が構築されるのか、理論が先に構築されて現象を説明しようとするのか、こういったパターンがありますが、どちらも不確定性が含まれることの多い現実がままあります。本書のテーマである「宇宙の作り方」も、世界を存在たらしめている宇宙の発生の成り立ちという、極めて根本的な疑問でありながら未だ解明されていない謎。それに挑戦する上で何を学ぶべきで、そこから生じる過程・結果・結論に何を学ぶべきか。形而下な物理学を用いて形而上的本質を別の本質で学ぶような、なんだか抽象的・形而上的でメタな構造ですが、その結論及び向き合い方のひとつの結末が、本書の最後で鮮やかに提示されます。「当たり前のことに疑問を抱かない」ことに疑問を抱き、どう向き合うべきか。学問への姿勢をも示唆しているようで、ある種の感慨も感じます。
また、思想・価値観の相違もひとつ改めて鑑みる価値はあるのではないでしょうか。すなわち、科学至上主義は果たして万能か否か。形而下の物理学は形而上の精神論へ踏み込めるのか。「疑問を抱かない」ことは罪なのか。罪とまでは言わずとも、人として生きる上で無知を哀れと蔑むのが果たして正しいのか。天才少女と凡人青年の双方の観点から価値観の相違が比較されているのも、読む上で注目してみると面白いかもしれません。
尚、本作は既に映画化・ゲーム化とメディアミックス展開が決定しているようで、そちらも読了した者として楽しみにしています。映画化はわかりますが、ゲーム化って一体どうなることやら。
……しかし、巻末にある大森望氏の解説があまりに蛇足すぎて、残念でなりません。粗筋と他者の言葉の引用、裏話ばかりで本人の意見があまりなく、最後は続刊の紹介と宣伝。これじゃ解説じゃないよ!!

*1:私も理系ですが物理は専門外で、知識は高校物理程度なので割と厳しかった(それすらも結構忘れてますが)